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その7 合理精神の地で成熟・進化する社会貢献活動

 金のないのは首のないのと同じや――上方歌舞伎「恋飛脚大和往来 封印切」で八右衛門が吐くこの台詞は、利に聡く、経済至上主義的な大阪の考え方を表す言葉として、時々、大阪人の会話にのぼる。そんな土地柄でパチンコ産業の社会貢献などあり得るのか。だが、実は大阪における社会貢献活動は全国でも有数の規模と質。冒頭の台詞も、今は、金の苦労を身にしみて知る大阪人が、そんな自分を笑って言う言葉なのだ。たやすく感情に流されない合理精神ゆえに、この地の社会貢献活動はむしろ成熟の度を増し、進化している。

目次

2000人の子供たちを招待する

「大阪の業界の社会貢献活動は、おそらく全国一でしょう。少なくとも経済規模では圧倒的に大きな存在である東京と同等、いや、それ以上ですよ」

 大阪に本社を置く、ある業界誌記者はいう。地元ゆえの贔屓目もあるにせよ、確かに大阪のパチンコ業界の社会貢献活動には、目を見張るものがある。

 たとえば、ファンから寄せられた余り玉に、こぼれ玉やホールからの善意も加えて社会貢献活動の資金とする、大阪府遊技業協同組合の「善意の箱」事業。昭和47年から始まったが、平成15年度のその総額は1億3000万円あまり。開始以来の累計額は31億2000万円以上にのぼり、大阪府や大阪市、角膜移植のための角膜保存事業を推進するアイバンク、NHK歳末助け合い、その他地域のさまざまな社会福祉団体に対して、資金や物品などの幅広い経済的支援を行ってきた。

 また、大阪府遊技業組合連合会青年部会が行う『未来っ子カーニバル』は、何らかの事情で親と別れ養護施設で暮らす子供たちや、交通災害遺族会の子供たちを招待し、その日一日、両親と暮らせない辛さを忘れて楽しんでもらおうというクリスマス・イベント。アイススケート場や温水プール、サブアリーナ、多目的ホールなどを備え、最大収容人員1万人という総合屋内スポーツ施設・なみはやドーム(門真市スポーツセンター)を借り切って実施される。もともと青年部会有志の事業として参加者数十人規模で昭和62年からスタートしたが、6回目からは正式な部会の行事となり、17回目を迎えた平成15年は約2000人もの子供たちが招かれた。アイススケートや温水プールをはじめ、縁日コーナーや食べ物屋台、元ヤクルトスワローズの杉浦亨氏らが参加しての野球教室、吉本興業若手タレントの舞台など、それぞれ好みに応じた遊びを、あれこれと心ゆくまで楽しんだ。平成16年度も、オリンピックイヤーにちなんで、男子体操の金メダルチームやシンクロナイズドスイミング銀メダルの立花美哉・武田美保ペアなども参加して、盛大に開催する予定だ。

国際交流のための財団法人を設置

 このイベントで驚くのは、単にイベントの資金を出すだけでなく、青年部会員らが自ら額に汗して運営に取り組むという点だ。ホールの若手経営者や幹部として多忙を極めるはずの彼らが、早くからの計画づくりや交渉ごとは無論のこと、「前日など、午前2時、3時まで会場設営作業をやり、当日は午前6時集合という状況。参加者が2000人にまで膨らんでしまった今は、さすがに設営だけは業者を入れることにしましたが、それでも全員、午前7時には集合して、その日一日汗を流します。ともかく、子供たちに何かモノをあげるだけというのではなく、我々が手作りで楽しみを提供し、『笑顔に会いたくて』というキャッチフレーズ通り、彼らの笑顔を見るために頑張っているのです。最初はろくに挨拶もできなかった子供たちが、帰り際にはちゃんとお礼を言ってくれ『来年もお願いします』。一度、その喜びを知った部会員は、もう毎年参加するようになりますね」と、青年部会長の平井雄三氏。

運営には青年部会員約80人のほかボランティアも募っているが、取引先である関西遊技機商業協同組合や回胴式遊技機商業協同組合、金融機関などから数十人規模、電車の中吊り広告を見て応募してくる一般ボランティアも毎年20人から30人にのぼる。また、施設の卒業生らも参加。協賛企業も増え、招待される施設側などが毎年の行事予定に組み込んでいることなども考え合わせると、この「未来っ子カーニバル」は、完全に地域社会に定着していると言って良い。

 このほか、おそらく全国でも例がないと思われるのが、「大遊協」という名前を冠した国際交流のための財団法人「大遊協国際交流・援助・研究協会」を設立して、海外からの在阪留学生に年間60万円(大学生)もしくは84万円(大学院生)を贈与する奨学金制度とさまざまな支援・交流活動。大遊協から毎年 2000万円を拠出し、各ホールも財団の会員として会費を負担するから、その支援の大きさがわかる。

普通の商取引による障害者の社会参加を支援

 また、養護老人ホームなどに暮らすお年寄りを招待して行うシルバーパチンコ競技大会も、6回目を迎え、普段はあまり出歩く機会もなく、気晴らしの少ないお年寄りたちの大きな楽しみになっている。開催するホールは、大阪市内であること、送迎用のハイルーフ車が出入りできる駐車場があること、などの条件はあるが、基本的にホールを経営する青年部会員が、話し合いで決める。まる1日、スタッフもつけて、ホールを無償で貸し切り開放するのだから、その負担は小さくないが、

「もし手を上げる人がなかったら部会役員で費用を分担するか、などと言ってますが、これまでは誰かが快くOKしてくれて、実際、そういう事態になったことはないですね」

 と、平井氏は社会貢献活動に取り組む青年部会員の意欲とやる気を説明する。

 ただ、こうした大遊協あるいは大遊協青年部会の活動で、ほんとうに注目すべきは、その質や考え方である。たとえば、地域の社会就労センター(SELP=セルプと略称。以前は授産所あるいは福祉作業所と呼んでいた)で生産される、クッキーやダスター、ボールペン、青竹踏み、ゴミ袋といった製品を、ホールの端玉景品として使う、セルプ製品購入活動。自分たちの能力開発や訓練、社会参加をめざして生産活動に取り組む障害者たちのつくる製品を、普通の商取引として購入することで、彼らのめざす社会参加を支援しようというものだ。国際交流や途上国支援活動を行うNGOなどは「フェアトレード」と呼ばれる運動をするところが多い。ODA(政府開発援助)などの非効率性や独善的傾向に対する反省から、豊かな先進国の立場で金銭や物資を施し与えるのではなく、その国の農産物などを購入することで、彼らの自助精神や自信を尊重し、徐々にではあるが着実な発展を支援しようという考え方だ。このセルプ支援も、同じような考え方に立つものと言えよう。青年部会員時代、この運動を発案し立ち上げにも尽力してきた、大遊協の善意の箱・社会貢献委員長である河本勝弘氏は言う。

「今、この趣旨に賛同し、セルプ製品購入をしてくれているのは、大遊協傘下店の半数近くにのぼります。当初は、大遊協としてまとめて購入してあげれば済む話ではないか、という意見もあった。しかし、それではセルプのめざす社会参加にはならないと考えたのです」

目的が明確で、使途が確信できれば快く協力

 景品を購入し使うのは個々のホールであって、他の景品も各ホールがそれぞれ購入している。だから、セルプ製品も他の景品と同じように購入する。品質も納期もきちんと守ってもらう。それでこそ、真の社会参加になるのだという考え方で、今も各ホールが先方の取りまとめ窓口へファクシミリ注文している。もちろん、その注文書に青年部会からの添え書きもあるし、結果的に支部でまとめて購入するケースも出ているというが、基本はあくまで商取引なのだ。取り組み当初は、既存の商業ルートですでにセルプ製品を購入しているケースがあったり、セルプ側にもほんとうに商取引としてやれるのか、たとえば必要ロット数を確保できるかという危惧や躊躇があるなど、万事順調というわけではなかった。今も、特殊景品の価格設定との関係で端玉景品用としてのセルプ製品が、うまく使えなくなるようなケースもある。しかし、河本氏は、

「ともかく当初に比べれば、今は我々もセルプ側も、またお客さんの側も、セルプ製品購入活動を前向きにとらえてくれている。セルプ製品に魅力をつけるために、アルゼさんや三洋物産さんにキャラクターの使用許可をお願いして、ほぼOKをいただける状況で、ホールとしてもより使いやすくなるでしょう。我々のセルプ製品購入は、確実に、地に足の着いた活動になりつつあると思いますね」

 お客さんも、同じクッキーなら、菓子メーカーのものよりセルプ商品を選んでくれるという。

 ただ、大阪人は虚飾や形式的な話を本能的に疑い、嫌う。ほんとうに役立つことだと納得しないと、たとえ趣旨に賛成でも、遠慮なく文句も苦情も言う。それは経営者たちもお客さんも同じである。

「善意の箱事業にしても、それがどう使われているのか、ほんとうに社会に役立っているのか、疑問の声も寄せられてくるんです。とくに不況の今は、そういう感覚が強い。だから、余り玉を集めてと言っても、今なら実質はホール側が出している部分が大きい。国際交流の財団活動にも組合員から、効率化を図れという意見も出ていました。ただ、お客さんもホールも決してケチではないんです。目的が明確で、使途が確信できれば快く協力してくれる」

 と河本氏は言う。

モニタリングを重視する効率的な活動

 たとえば、阪神淡路大震災の時、善意の箱でもとくに被災者救援のためと『愛のひとにぎり運動』というのをやった。被災者を救援するために、余り玉もだが、玉を一握りだけ入れてくださいと呼びかけたのだ。すると、大きな反応があり、中にはドル箱一杯の玉を入れてくれるお客さんさえあった。ホール側からも、その運動推進に関
して非常に多数の問い合わせ、反響があったという。

「だから今年は、善意の箱では福祉車両200台を寄贈しますという目標を掲げ、箱にもそれを明記しています。また、その実際の報告を何らかの形でお客さんたちにも知らせるようにするつもりです」

 またまたNGOの話をすれば、それが環境保全活動であれ途上国支援活動であれ、NGO先進国である欧米のNGOは「モニタリング」ということを非常に重視する。

モニタリングとは、監視とか監督という意味である。自分たちの活動が支援相手にどう役立っているのか、支援者から寄せられた資金がほんとうに合理的、効率的に使われているのか、明確な形で把握し、示す。そういうモニタリングが活動プログラムの一環として当初から組み込まれているのだ。大遊協の社会貢献活動は、まさにそういうレベルに達していると見てよいだろう。

「もちろん、我々が社会貢献活動の効果と言う時、ふたつの意味があります。ひとつは、ほんとうに相手の役に立っているのかということ。もうひとつは、業界のPRになるのか、社会に認知されることに役立っているのか、ということです。ただ、私はこのふたつは表裏一体のものだと思っている。活動への参加動機が業界のイメージアップでもいいんです。参加して活動する中で、その人の考え方も変わってくる。それでいいと思いますね」

 そういう活動の実動部隊であり、牽引役とも言えるのが、行動力にあふれ、若い柔軟な発想力もある大遊協青年部会である。大遊協青年部会の社会貢献活動とそれを支える思想は、親会の半歩先を行き、他の府県遊協の二歩も三歩も先を歩いていると言ってよい。たとえば、今年春に実施した演劇公演。いわゆる新劇と商業演劇の間で巧みなバランスを取りながら、「演劇はカーニバルだ!芸術は場数だ!」を謳い文句に先鋭的な活動を展開する地元の演劇集団「劇団・往来」とジョイント、2日間の公演をスポンサーとして支えたのだ。3公演のうち1公演を買いきり、ホール客などを招待した。たとえばサントリーや資生堂といった一般大手企業などが行う、メセナ(芸術文化支援活動)である。

生産性が見えない産業に携わる中で目標は

 実は、大遊協青年部会の社会貢献活動の一環として、こういうメセナを行うことには、一部に異論もあったという。もっと社会的弱者を直接支援する活動に取り組むべきだ、というのである。しかし、平井部会長らはそうではないのだと主張した。

「高齢者、障害者、子供たちという社会的弱者への支援活動は一応メニューが揃ったし、それは今後も力を入れて行きます。しかし、そういう活動をして、それをいろいろな形で広報して行くだけでは、運動の広がりや社会の理解に限界がある。社会的弱者に社会の目を向けてもらうためにも、我々の業界のことを一般に知ってもらうためにも、社会一般層に向けての活動が必要です。パチンコファンやアンチパチンコの人たちも含めた社会一般に、我々や我々の活動を知ってもらいたい。そのためのひとつの方法として、演劇を取り上げたのです」

 自身、重度障害者の娘さんを持つ平井氏が言うだけに、その主張は確かな説得力を持つ。

 ただ、これだけ先進的な取り組みをする大阪ではあるが、経営者たちの意識が完全に一枚岩になっているかと言うと、そうではない。

「ビジネスの勉強会には熱心に来るが、社会貢献活動にはあまり、という人もいる。未来っ子カーニバルには参加するが、ほかの社会貢献活動には今ひとつという人もある。皆一国一城の主だけに、まとめるには難しさもあるのは確かです」

 と平井氏。河本氏も、そういう困難は認めつつ、

「私は、我々の産業は、社会で『商売させていただいているのだ』という感覚です。直接的な生産性というものが見えない産業に携わる中で、どこに目標を置くのか。売り上げだけが真の目標なのか。そういうことを考えれば、当然、社会貢献活動は力を入れてやって行くべきもの。今後も、未来っ子カーニバルの卒業生たちの将来を考え、彼らの住居探しや就職の困難を助けられるよう、『未来っ子夢基金』といった資金貸付制度も検討しているところです」

 経済観念に厳しく、合理精神と批判精神の強い大阪の地で、しかし、それゆえにパチンコ産業の社会貢献活動は着実に進化、発展を遂げているのである。

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