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その8 震災体験から学んだ社会貢献

 この秋の新潟県中越地震は、我々に、改めて地震の怖さを思い知らせてくれた。とりわけ、その恐怖を自分のものとして感じたのが、10年前、あの阪神淡路大震災を体験した兵庫県の人々だろう。一方で、あの悲惨な神戸の震災体験は、人々にも企業にも、地域での助け合いの尊さと大切さを分からせてくれたし、震災をきっかけに多くの人がボランティア活動に取り組むようになり、わが国の“ボランティア元年”とも言われた。そんな兵庫県や神戸で、パチンコ産業は今どのような社会貢献に取り組んでいるのだろうか。

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21世紀のコミュニティーづくりに寄与する

 阪神淡路大震災では、遊技関連業界でも、ホール・メーカー・商社など多くの企業で人的物的被害を出した。同時に、かつてない大災害の前には互いの商売や信条などは関係なく、ともかく隣近所が助け合い支え合うという貴重な体験もした。兵庫県遊技業協同組合の米田義一理事長は、同組合が年に1度発行する、社会貢献活動の報告書『はぁーとふる』の中で、次のように述べている。

「平成7年、兵庫県は阪神・淡路大震災という未曾有の惨事に見舞われました。復興の歩みのなかで、被災地の人々は地域社会の重要性を強く胸に刻み、人と人との交流の大切さを深く知ることとなりました」

 それ以前から、日赤兵庫県支部への寄付など社会福祉事業の支援活動には取り組んできたが、震災体験をきっかけに、

「その経験から、地域貢献のあるべき姿を学び、さらなる推進の必要性を認識」、「福祉の向上にとどまらず、文化の育成や地域おこしへの支援といった、より幅広い社会貢献こそ、復興、そして21世紀のコミュニティーづくりに寄与するもの」と考え、より地域への貢献を意識した活動に力を入れるようになったのである。

 実は、前述の活動報告書のタイトル『はぁーとふる』は、兵遊協が平成13年からスタートさせた「兵遊協・ハート玉福祉支援事業/はぁーとふるふぁんど」にも因んだネーミングだ。この事業の資金は年間総額約3000万円だが、原資自体は、ホールでの余り玉やこぼれ玉などお客様の善意に、ホールの寄付などを加えたものという、全国のどこにもある形で作り出したもの。しかし、その使途や運営手法に大きな特徴がある。

地元マスコミなどと協力しつつ事業を推進

 第一の特徴は、3つに分類された支援分野のうち2分野が、地域ボランティア支援の「ひょうごボランティアあしすと」と、地域振興支援の「ひょうごふるさと振興サポート」という、地域密着型であること。ひとことで言えば、地域のボランティア活動や町おこしを応援しようというのである。とくに、地域振興に取り組む活動を支援する、というのがユニークである。

 これまでの支援先も、里山など地域の自然保護に取り組む「三木自然愛好研究会」、古い宿場町の町並み保存に取り組む「小浜の町並みを愛する会」、加古川少年少女合唱団、淡路青年会議所、神戸市の商店街・新開地の振興に取り組む「新開地まちづくりエヌピーオー」、神戸市に本拠を置く劇団「芝居工房来るくる座」、地域の伝統和太鼓を継承保存する「神撫太鼓研究会」、地域の食文化継承やスローフード普及を推進する「躍感塾」など、地域だけがキーワードで、あとの内容は実に多種多彩だ。

 第二の特徴は、この「はぁーとふる」事業実行にあたって、地元のラジオ局であるラジオ関西(AM神戸)と地元新聞社の事業部門・神戸新聞事業社、さらには特定非営利法人「しみん基金こうべ」など地域諸団体の参画・協力を得ていること。これは、単にマスコミなどと協力することが広報に有利だからということだけではない。支援を希望する団体は急増しているが、たとえば、その支援先選定にあたっての公平性や透明性も確保でき、諸団体が持つ豊富なノウハウや知識も生かせるのである。遊技業界のひとり善がりで社会貢献するのではなく、地域の心ある人たち・団体と協力しながら、地域の仲間を支援していこうという考え方。地域による、地域のための運動に、カネも出し、ともに汗をかこうというのである。

福祉車両寄贈からユネスコ世界遺産支援まで

 第三の特徴は、支援3分野のひとつにユネスコ(国連教育・科学・文化機関)の活動支援を掲げていること。世界遺産登録などで知られる国連機関、ユネスコの活動を、社団法人日本ユネスコ協会連盟を通して支援しようというものだ。これは一見、地域密着という話とは矛盾するように思えるかも知れない。しかし、阪神淡路大震災で、日本はもちろん世界各国からの支援や激励を受けた神戸などにとっては、広く世界に目を向けることも重要なテーマ。世界中の人々に対する教育機会の提供をめざす「ユネスコ・世界寺子屋運動」などを支援する。

 この事業では、ユネスコの親善大使を務める日本画家の平山郁夫画伯との関係を通して、朝鮮半島にある高句麗古墳群の世界遺産登録も支援し、今年7月、その登録が決まったことはマスコミでも報道された通りである。

 さらに、比較的地味ではあるが、兵遊協の社会貢献で見逃せない――と言うより、金額的には圧倒的に大きな活動が、福祉車両「兵庫県はぁーとふる福祉号」の寄贈である。これは外出に介護を必要とするお年寄りや障害者、その介護者を支援しようというもので、自転車積載キャリアや車椅子、回転クッションなどを装備した介護車両を、県下の自治体に寄贈する。金額的には平成15年度で約8500万円、台数で105台と非常に重要な活動であり、先の平山郁夫氏をして、感動を覚える「快挙」、「組織が尊い目的に向かってひとつにまとまっていることの表れ」と絶賛させる事業である。

 もちろん、こうした地域社会への貢献に取り組んでいるのは、業界団体である兵遊協だけではない。各地区の組合でも、社会福祉・地域貢献・青少年育成・災害救済などの分野で、総額3600万円以上にのぼる寄贈活動を行っているし、各ホールでも独自の取り組みを進めている。

チラシ裏に地元商店街の特売情報スペース

 なかでもユニークな活動をしているのが、神戸市でホールを経営する1阪神観光(道風益定社長=兵遊協前青年部会長)だ。経営するホール「はんくらHANSHIN CLUB」の宣伝チラシの裏を、地元商店街の宣伝マップとして活用しているのだ。

「はんくら」があるのは、神戸市灘区の阪急電車王子公園駅前から東に続く水道筋商店街の一角。同商店街は長い歴史を持ち、重厚な構えのうどん店から路地にテントを張り巡らせた青果露店まで、さまざまな店舗が活気を見せる。しかし、全国の多くの商店街同様、大手スーパーの攻勢の前に、巻き返しに懸命という状況にある。たとえば、集客のための広告宣伝も各店独自では容易ではない。特売商品などは用意できても、それは店頭のポップでアピールする程度で、チラシをまくなどカネのかかる宣伝はできない状況だったのだ。

 そこで、道風氏は、自店が機械の入れ替えなどに合わせて、月に数回配布している新聞折り込み広告のうち2~3か月に1回の割合で、そのチラシ裏に、そうした地元商店の特売情報などを印刷することを思い立った。以前から、自店の話題づくりとして俳句の投稿募集や発表、自店独自のサービスキャンペーン告知などを、チラシ裏に刷ってはいた。しかし、このスペースをもっと地域のために使いたいと考えたのである。

 その原点は、やはり阪神淡路大震災だ。同社が、同市長田区で経営していたもうひとつのホールは全壊。「はんくら」でも、隣の半壊家屋に閉じ込められた老夫婦をスタッフらが救助したり、ホールを緊急の暖とり場所に提供したり、うどんの炊き出しサービスをしたり。所轄署から、市民の希望があるという理由で早期の営業再開を要請され、実際に開店してみると、見物だけの人も含めて多くの人が集まったという事実に、健全な娯楽のある、何気ない日常生活がいかに大切かを思い知った。

肩肘張らずに、地域の一員としての協力を

 こうした体験をきっかけに、近所付き合いを真剣に考えるようになった。また、「たとえば、近所の喫茶店さんなんかが、うちの店の休業日に合わせて休まれる」(道風氏)など、何となく、地元商店街とのつながりも感じていた。それを一歩推し進めたのが、この商店街の宣伝マップだった。同じ商店街に店舗を構えるとは言え、他の商店との間には目に見えない壁のようなものがあったし、話を持って行っても、商店街側に「そんなウマイ話があるのか?」という警戒感を持たれたりする困難もあった。

 しかし地道に1軒1軒、説得して回ることで次第に賛同も得られるようになり、今では掲載の順番待ちが出るほど支持を集めるようになっている。

 特売キャンペーンを実施する店の店主顔写真まで入ったチラシ裏の宣伝マップ制作は、写真撮影も含めて、すべてホールの担当スタッフが手作り。チラシ持参の人には、「先着100名に450円相当の石鹸プレゼント」「餃子1人前無料」「1000円以上買い上げで30%オフ」などの、お得情報が満載され、主婦らの人気を集めているが、それだけに校正にも気を使うという。しかし、

「これをやるようになってから、ホールの騒音に対する苦情もなくなるという効果もありましたが、それより、顔を合わせれば立ち話もするなど、我々が地域に溶け込めたことが大きいですね。集客イベントで『パイ投げ』などをするんですが、以前は店内でしかできなかったのが、商店街でやれるようになった。近所の商店主さんらも、
参加してくれるんですよ。パチンコホールが地域おこしの中心になるなどと、オコガマシイことは考えていませんし、そこまでの力もないと思いますが、どこかが単独で何かするより、できるなら皆いっしょにやればいい。肩肘張らずに、地域の一員として協力できればいいと思うんですよ」

 という道風氏の言葉には、震災体験者ならではの重みがある。

ホールの自販機にも点字表示を導入する

 兵遊協青年部会の現部会長である1ミリオン観光の専務取締役、平山龍一氏も思いは同じだ。同青年部会では毎年、県下の福祉施設に暮らしたり通所したりする障害者らを招待する「社会福祉パチンコ競技大会」を開催している。その狙いには、障害者の人たちに娯楽の機会を提供することと同時に、業界の認知度を向上させたいということもあるのは事実。しかし、そのような厳密な考え方をするまでもなく、大衆娯楽を提供する産業として、他のさまざまな産業と同様、障害者を受け入れる努力、そのために自分たちの意識改革をする努力は当然だという立場である。

 電車などの公共機関でこそ、ようやく点字表示や点字ブロックなどの設備が整いつつあるが、その他の一般産業では障害者の受け入れ態勢はまだまだ。そんな状況だからこそ、大衆娯楽であるパチンコホールが障害者受け入れに取り組むことが重要ではないかと言う。それはまた、この産業が他の多くの産業と変わらぬ普通の産業になることでもある。

「ですから、当社の店も自販機に点字を導入したり、従業員に障害者受け入れの心構えを教育したり、できるだけバリアフリーに努力しています。損得勘定ではありませんね。行く行くは、盲導犬だって入れるようにしたいと考えています」

 この平山氏も震災の体験者だ。当時は学生として海外留学していた時期だったが、震災の時だけ帰国中。神戸を代表する繁華街、三宮センタープラザにあった店舗は、ビルごと壊れた。「会社の連中は泣いているし、店は見たくもない有り様。よりによって、何で神戸が…と思った」が、その被害の重さだけ、地域への思い、社会とのつながりを大切にしたいという気持ちが強くなったようだ。

地域に根ざした大衆娯楽としての社会貢献

 ただし、「はぁーとふる」事業同様、業界自らが、ひたすら前面に出ようとする姿勢ではない。兵庫県中小企業青年中央会が、震災10周年を記念して11月に開催したイベント「ひょうごフェニックスフェスタ2004」でも、青年部会として協賛広告を出し、取引業者にも広告要請した他は、端玉用景品の仕入先であるセルプの活動を社会にアピールするため、NPO法人兵庫セルプセンターの出展を支援するなどにとどめた。

 もちろん、平山氏や先の道風氏ほか役員などが当日の応援に駆けつけたが、震災記念イベントに障害者の団体も参加しようという方向で、側面支援したのである。

「当青年部会も来年は設立30周年を迎えますので、その記念イベントを企画中です。障害者の方たちを対象にした事業を考えていますが、もちろん健常者も招待し、皆がいっしょに楽しめるような行事にしたいと思っています」

 と平山氏。障害者も健常者も区別なく、隣近所にいる者同士、仲良く助け合い、楽しく過ごせれば良いのではないかという訳だ。

「憎い地震でしたが、反面、地域に根ざした大衆娯楽という、我々のあるべき姿を思い起こさせてくれたのも、あの地震でした」

 この言葉こそ、兵庫における遊技関連業界の人々の共通認識であり、社会貢献の基本姿勢なのである。

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